材料の強さは単に「硬さ」や「引張強さ」だけで決まるものではなく、「靭性(じんせい)」と呼ばれる性質が重要となってきます。
靭性とは衝撃を受けても破壊しまいとする材料の性質のことであり、機械や溶接構造物などで重視されています。
材料がもつ靭性を評価するときにカギとなるのが「シャルピー吸収エネルギー」です。
この記事ではシャルピー吸収エネルギーについて理解したい人のために、分かりやすく解説しています。
- シャルピー吸収エネルギーとは?
- シャルピー吸収エネルギーの測定方法
- シャルピー吸収エネルギーはどう役立つのか
この記事は、現役の材料エンジニアが書いています!
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シャルピー吸収エネルギーとは?
シャルピー吸収エネルギーは、シャルピー衝撃試験によって求められる材料の機械的性質の一種です。
機械的性質とは外からの力に対して材料が示す力学的な反応の程度のことであり、例えば「硬さ」や「引張強さ」がその代表的な性質です。
- 硬さ・・・押されたときに材料が変形しまいとする抵抗力のこと
- 引張強さ・・・引っ張られたときに材料が破断しまいとする抵抗力のこと
これらの機械的性質は、機械や構造物などを設計するときに重視されています。
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シャルピー吸収エネルギーはそういった機械的性質の一種であり、衝撃を受けたときに材料が破壊しまいとする抵抗力(=靭性)を数値化したものです。
一部の材料規格では、その材料が有するべきシャルピー吸収エネルギーの量を規定しています。
例えばSFVQ材と呼ばれる圧力容器用の鍛造合金鋼は、規格内で次のように機械的性質を規定しています。

SFVQ1Aでは、0℃の試験温度においてシャルピー吸収エネルギー(3個の平均)が40J以上あることが規定されています。ここで「3個の平均」とは3個の試験片による平均値を、「個別の値」とは試験片1個あたりの値を意味します。
つまりSFVQ1Aは、0℃で3回試験したときにシャルピー吸収エネルギーの平均値が40J以上あれば、規格上は認められた破壊強さを持っていることを示しています。
では、そのシャルピー吸収エネルギーを求めるシャルピー衝撃試験とは、一体どのような試験方法なのでしょうか?
シャルピー衝撃試験とは?
シャルピー衝撃試験は、材料から切り出した試験片に対して振り子式のハンマーで打撃を与え、試験片を破断させる試験方法です。
1901年にフランスのG. Charpyによって試験方法が提唱されたことから、そのような試験名称となっています。
なお、衝撃試験には「アイゾット衝撃試験」と呼ばれる試験方法もあります。アイゾット衝撃試験は、あまり一般的ではありません。
シャルピー衝撃試験の方法は、ISOやASTMといったさまざな国際規格において規格化されています。
日本では日本産業規格内で「金属材料のシャルピー衝撃試験方法(JIS Z 2242)」が規格化されており、広く普及しています。ここでは、JIS Z 2242で規定された内容に基づいてシャルピー衝撃試験方法を解説します。
試験片は通常、長さ(L)が55mmで、一辺(W, B)が10mmの正方形断面をもった形状の試験片が使用されます。
また、試験片の中央部には「ノッチ」と呼ばれる切り欠きが加工されます。ノッチの形状には「Vノッチ」と「Uノッチ」があり、関係する材料規格などによって使用する形状が異なります。



上の図は、シャルピー衝撃試験機の構造を示しています。
ハンマーには「衝撃刃」と呼ばれる刃が付いており、これを高い位置から振り子のように振り下ろして試験片に打撃を与えます。
試験片は下の図のように配置され、ノッチが付いた面とは反対面の方向から打撃されます。

ハンマーは、振り下ろされるときの高さ(持上げ角)に応じて位置エネルギーを持っています。
ハンマーが試験片を打撃すると、ハンマーのエネルギーによって試験片が真っ二つに破断します。このとき、ハンマーがもつエネルギーは試験片によって吸収され、減少します。その結果、試験片打撃後のハンマー振上げ角は、持上げ角よりも小さくなります。

シャルピー衝撃試験では、ハンマーの持上げ角と振上げ角の差から、試験片が吸収したエネルギーを求めます。これこそが「シャルピー吸収エネルギー」です。単位は「J(ジュール)」となります。
試験片を破壊するのに大きなエネルギーを要した場合は、シャルピー吸収エネルギーの値も大きくなります。つまりシャルピー吸収エネルギーは、試験片を破断するのに要したエネルギーと言えます。
ただし、ハンマーは試験中に回転軸受の摩擦抵抗や空気抵抗を受けてわずかにエネルギーを失うため、損失エネルギーを補正したものが正確なシャルピー吸収エネルギーとなります。
シャルピー吸収エネルギーを求める計算式:
E = mgl(cosβ-cosα)ーL
ここで、
E:シャルピー吸収エネルギー(J)
m:ハンマーの質量(kg)
g:重力加速度(m/s2)
l:ハンマー回転中心からハンマー重心までの距離(m)
α:持上げ角(°)
β:振上げ角(°)
L:空気抵抗や軸受の摩擦などによる損失エネルギー(J)
なお、シャルピー吸収エネルギーを試験片中央部の断面積(破断する前の状態)で除したものを「シャルピー衝撃値」と言います。材料の評価ではこちらが使用されることもあるため、混同しないように注意しましょう。
シャルピー衝撃値(J/cm2)= シャルピー吸収エネルギー(J) ÷ 試験片中央部の断面積(cm2)
シャルピー衝撃試験ではシャルピー吸収エネルギーだけでなく、以下の項目も求めることができます。


シャルピー吸収エネルギーはどう役立つ?
シャルピー吸収エネルギーとは、シャルピー衝撃試験によって求められる数値でしたね。これが分かると何が分かるのでしょうか?
基本情報として、求められたシャルピー吸収エネルギーから次のことが分かります。
靭性とは、材料の破壊に対する抵抗力のことです。
シャルピー吸収エネルギーの値が大きいということは、衝撃によって試験片を破断させるのに大きなエネルギーを要したということになります。つまりその材料は衝撃に耐える力があり、靭性が高い材料ということになります。
逆にシャルピー吸収エネルギーの値が小さいということは、衝撃によって試験片を破断させるのにあまりエネルギーを要しなかったということになります。つまりその材料は衝撃に耐える力がなく、靭性が低い材料ということになります。
例えばSCM440などの低合金鋼は、焼入れを施した材料は非常に硬く、強度があります。しかし靭性は低く、シャルピー吸収エネルギーは低い数値となります。その材料を高温で焼戻しすると、軟化して靭性が生まれます。シャルピー吸収エネルギーは高い数値を示します。
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このように、シャルピー吸収エネルギーを求めると材料がもつ靭性の程度が分かるのですが、これが構造物やその溶接物の脆性破壊の起こしにくさを評価するのに役立ちます。
脆性破壊とは?
脆性破壊とは、材料が衝撃を受けたときにほとんど塑性変形せず、割れが一気に進展していく破壊のことです。
陶器が割れる様子をイメージすると分かりやすいかと思います。陶器は衝撃などによってき裂が入ると、またたく間もなくき裂が進展して真っ二つに割れます。

このような破壊の仕方がまさしく「脆性破壊」です。脆性破壊は、材料に次の3つの条件が揃ったときに起こります。
- き裂状の欠陥が存在している
- 応力が発生している
- 材料の靭性が低い
実際の構造物では、経年的に起こる腐食や疲労によって材料にき裂が生じることがあります。あるいは溶接不良(溶接割れ)を起こしていると、そこにき裂が存在します。
材料のどこかにき裂があると、そこに応力が集中することとなります。そして材料の靭性が低いと、そこを起点として瞬時に材料全体にき裂が伝搬し、脆性破壊を起こします。
構造物で脆性破壊が起こると大事故につながる恐れがあるため、対策が施されなければなりません。
もし材料の靭性が高ければ、き裂があっても脆性破壊を防げる可能性があります。そこで材料のシャルピー吸収エネルギーが分かれば、材料の靭性を評価することができます。
このように、シャルピー吸収エネルギーは構造物やその溶接部の脆性破壊を回避する保証値として活用されています。
実際、シャルピー吸収エネルギーは「リバティー船折損事故」をきっかけに使われるようになりました。
リバティー船折損事故とは?
リバティー船折損事故は、第二次世界大戦中のアメリカにおいて、リバティー船を主とした戦時標準船の折損が多発した事故です。約5,000隻建造された船のうち、約1,000隻で3m以上のき裂が発生し、200隻以上が折損して沈没するなど、重大な損害を受けました。
下の写真は、そのうちの1隻のスケネクタディー号が岸壁に係留中、突然真っ二つに折損したときの様子を収めた写真です。

事故の発生原因として考えられているのが、「鋼材の溶接性不良」と「構造設計不良」です。
リバティー船は、船体を鋼材で全溶接する構造を採用していました。これは当時としては新しい製造方法でした。
しかし溶接技術が未熟であったため、溶接部には溶接割れや残留応力などの欠陥を起こしていました。また全溶接構造は、発生した応力が溶接欠陥部などに集中しやすい構造でした。これにより応力が溶接欠陥部に集中し、これが起点となってガラスが割れるように船体全般にき裂が伝搬し、脆性破壊をもたらしました。
その後の調査で、脆性破壊とシャルピー吸収エネルギーに関係性があることなどが明らかにされました。具体的に得られた知見は以下の通りです。
当時得られたこれらの知見は、脆性破壊防止の目安として現在の材料技術でも活かされています。
例えば日本産業規格の「溶接構造用圧延鋼材(JIS G 3106)」ではグレードBの鋼種に対し、0℃の試験温度でシャルピー吸収エネルギーが27Jとなることを規定しています。
このような歴史背景のもと、シャルピー吸収エネルギーは低温脆性、脆性破壊防止のために活用されています。
おわりに
本記事では、シャルピー吸収エネルギーについて解説してきました。ご理解いただけたでしょうか?
シャルピー吸収エネルギーの解説には「靭性」や「脆性破壊」と言った用語が飛び交うため、少し理解が大変だったかもしれません。
しかし、これらの用語は材料を扱う上で重要な用語であるため、ものづくりエンジニアであれば理解しておきたいところです。
材料の評価方法、材料の破壊現象、もしくは材料の基礎そのものを勉強したいという方のために、筆者おすすめの参考書を紹介しておきます。ぜひ手に取ってみてください。


