熱処理とは、「材料を加熱して冷却する」といったように、材料に熱サイクルを与えるプロセスのことを言います。
鉄鋼材料においては、材料自体の強度を向上させたり、加工性をよくしたりするために熱処理が行われています。特に、機械に組み込まれる重要部材などに対して、熱処理は必須のプロセスとなっています。
しかし、熱処理はそのメカニズムが難しく、種類も多いため、わかりづらいと感じているのではないでしょうか。
そこで本記事では、鉄鋼材料の基本の熱処理についてわかりやすく解説しています。
この記事を読めば、熱処理すると起こる変化などを学ぶことができますよ!
熱処理とは
熱処理とは何か、どのような目的で行うのか、これらについて解説していきます。
材料に加熱と冷却のサイクルを与える操作のこと
熱処理とは、材料を加熱して赤らめ、適切な温度で維持し、冷やすという一連の操作のことを言います。
操作内容としては、材料を加熱する装置に入れて加熱し、一定時間加熱したら材料を取り出し、何らかの方法によって冷やすだけの単純な操作です。
しかし、この単純な操作が、のちほど解説するように材料の性質を大きく変える重要な役割を果たしています。
材料の加熱には「熱処理炉」が使用されます。熱処理炉は主に石油やガスなどの燃焼によって加熱するものや、電気によって加熱するものがあります。
冷却には「大気、水、油」などの冷却媒体が使用されます。次のように、冷却方法によって呼び方が決まっています。
熱処理では、これらのうち、いずれかの冷却方法が適用されます。
冷却方法によって材料が冷える速度が変わるため、目的に応じて適切な冷却方法が適用されます。
狙いとする機械的性質を与えることができる
熱処理を行うと、材料に狙いとする機械的性質を持たせることができます。
機械的性質とは、材料がもつ力学的な特性のことです。代表的なもので言えば「硬さ」です。
例えば、「焼入れ」と呼ばれる熱処理は、材料を硬くするのに適した熱処理方法です。材料に強さが求められる場合、焼入れによって材料を硬くします。
焼入れされた材料は、そのままでは硬すぎてもろいため、「焼戻し」と呼ばれる熱処理を行います。材料が適度に軟らかくなり、材料に粘り強さ(靭性)が出ます。
高合金鋼などはもともと硬く、加工しづらい場合があるため、その場合は「焼なまし」と呼ばれる熱処理を行います。焼なましを行うと材料が軟らかくなり、加工しやすくなります。加工完了後に焼入れを行えば、材料はまた硬くなります。
このように熱処理は、材料に狙いとする機械的性質を持たせたいときに行われます。
熱処理では、材料の機械的性質を変化させること以外に、材料内部に生じているひずみや応力を除去することもできます。
ステンレス鋼においては耐食性を向上させる役割も果たしています。
熱処理によって実現できることを一例として挙げます。
このように、熱処理を行うと材料の性質を変えられるため、熱処理は材料の性質を自由自在に変える魔法のプロセスと言えます。
熱処理すると金属の変態が起こる
少し難しい話になりますが、熱処理したときに材料内部で起きている現象について解説します。これを理解すると、熱処理の仕組みがよくわかります。
熱処理では、材料に加熱と冷却のサイクルを与える操作をしていますが、鋼を加熱したり冷却したりすると、内部で相(そう)の変化が起こります。
相とは、材料を構成する基本物質のことです。
鋼の相にはフェライト、セメンタイト、オーステナイトなどがあり、これらは異なる結晶構造や化合物の形態を持ちます。鋼は、組成や温度によって異なる相を持つという独特の性質を持つ金属材料なのです。
鋼は熱処理されると、取っていた相形態が別の相形態に変化するという現象が起きています。
なお、相の変化が起こる様を「相変態」といい、相変態が起こる温度を「変態点」と言います。
例えば、炭素含有量が0.77%の鋼には723℃にA1と呼ばれる変態点があります。
A1以上に加熱すると、金属の相はオーステナイトになります。オーステナイトの状態から鋼をゆっくり冷却させると、フェライトとセメンタイトの混合相であるパーライトが生成します。パーライトは、鋼の中ではやや硬い相です。
一方で、オーステナイトの状態から素早く冷却(急冷)した場合には、マルテンサイトと呼ばれる相が生成します。マルテンサイトは、非常に硬い相です。
このように、同じ鋼でも、冷却方法が変わると生成する相が変わり、鋼の性質も変わります。
熱処理では、このような変態という現象を利用して材料の性質を変化させ、目的の性質を引き出しています。
熱処理の種類
熱処理は、方法や目的によってたくさんの種類があります。ここでは、熱処理の種類について解説していきます。
熱処理は、大きく次の2つに分類されます。
それぞれの熱処理について詳しく見ていきましょう。
全体熱処理
全体熱処理は、材料をまるごと熱処理し、材料全体について性質を変化させることを目的とした熱処理方法です。
全体熱処理は、さらに2つの熱処理方法に大別されます。
一般熱処理は、最も一般的な熱処理方法です。
特に「焼入れ」は鋼を強くする代表的な熱処理方法で、機械構造用鋼や工具鋼など、多くの鋼材に適用されています。
特殊熱処理は、その名の通り特殊な熱処理方法です。
特殊熱処理は特定の鋼種に適用される熱処理方法で、特に「固溶化熱処理」と「析出硬化処理」はステンレス鋼に適用される熱処理方法として知られています。
表面熱処理
表面熱処理は、材料の表面だけを熱処理し、材料表面について性質を変化させることを目的とした熱処理方法です。
表面熱処理は、さらに2つの熱処理方法に大別されます。
表面熱処理は、歯車やシャフトの摺動面など、部品どうしがぶつかる箇所の硬さや耐摩耗性を向上させたい場合に有効な熱処理方法です。
一般熱処理
一般熱処理の各熱処理方法について、その概要や得られる効果などを解説していきます。
焼入れ
焼入れ(Quenching)は、鋼がオーステナイト化する温度域まで加熱したのち、水や油などで急冷させる熱処理方法です。
焼入れは、鋼を強化する最も代表的な熱処理方法として知られています。
英語名である「Quenching」から取って、「クエンチ」とも呼ばれます。
鋼をオーステナイト状態から急冷すると、オーステナイトからマルテンサイトへの相変態が生じ、金属組織がマルテンサイト組織にばります。マルテンサイト組織は、本来炭素(C)をあまり固溶しないフェライトに炭素が過剰に固溶している状態にあるため、非常に硬い金属組織です。
焼入れを行うと、次の効果が得られます。
鋼の硬さを上げたいときや、引張り強さを上げたいときに焼入れは欠かせない熱処理となっています。
ただし、焼入れされた鋼はもろいため、通常は後述する焼戻しとセットで行われます。
また、SS400のような炭素量が低い鋼材は焼入れしても強くする効果がありません。
焼戻し
焼戻し(Tempering)は、鋼を変態点以下の温度域に加熱したのち、空冷または炉冷によって冷却させる熱処理方法です。
通常、焼戻しは焼入れ後に連続して行われます。焼入れと焼戻しの一連の操作のことを「調質」といいます。
焼戻しを行うと、マルテンサイトに過飽和に固溶していた炭素が炭化物として析出し、安定な金属組織となります。すると、次の効果が得られます。
焼入れされた鋼は非常に硬く、強さがありますが、もろい状態になっています。もろい金属材料は、過大な負荷を受けると変形を伴わずに破壊したり、切り欠きがあった場合にわずかな衝撃でも破壊を引き起こしたりするため、非常に危険です。
そこで、鋼を軟らかくして適度な粘り強さを与える目的で焼戻しが行われます。つまり、焼戻しを行う目的は、鋼の硬さや強さを調整することとも言えます。機械的性質としては、衝撃値が向上します。
焼戻しは、次に解説する「焼ならし」のあとに行われる場合もあります。この場合も、焼入れ後の焼戻しと同様に硬さを調整する目的があります。
焼ならし
焼ならし(Normalizing)は、鋼がオーステナイト化する温度域まで加熱したのち、空冷させる熱処理方法です。
鉄鋼材料は通常、圧延や鍛造などの熱間加工が施されています。
熱間加工された鋼は強い塑性変形を受けており、内部に応力やひずみが生じています。その結果、材料は硬く、異常に粗大化した結晶粒などが存在し、不安定な金属組織になっています。
焼ならしを行うと、結晶粒のサイズが均一になる(整粒化する)とともに微細化し、安定な金属組織に「ならす」ことができます。また、内部応力やひずみも除去され、靭性などの機械的性質が向上します。これによって、次の効果が得られます。
焼ならしの英語表記である「Normalizing」には「標準」という意味があり、焼ならしはまさしく金属組織を「標準状態」にする熱処理といえます。
購入した鋼材が圧延ままや鍛造ままの場合、焼ならしを行うことで切削加工がしやすくなります。また、その後の工程で浸炭熱処理や軟窒化処理を行うさいにも、安定した金属組織の形成が期待できます。
焼ならしは、鋼材を加熱したあと、熱処理炉から取り出して大気中に放置しておくだけなので、簡単な熱処理方法となっています。そのため汎用性が高く、コストも安いです。
焼なまし
焼なまし(Annealing)は、材料を適切な温度に加熱したのち、熱処理炉の中で徐冷させる熱処理方法です。
焼なましは目的や加熱温度によって、完全焼なまし、軟化焼なまし、応力除去焼なまし、ひずみ取り焼なまし、低温焼なまし、拡散焼なまし、球状化焼なまし、等温焼なまし、中間焼なましなどの種類があります。
そのうち、代表的な焼なましである「完全焼なまし」と「球状化焼なまし」について解説します。
完全焼なまし
完全焼なましは、鋼がオーステナイト化する温度域に加熱し、徐冷する操作を行います。
完全焼なましの主な目的は、前加工で生じた内部応力の除去です。
圧延や鍛造などの熱間加工を受けた鋼は、内部に応力やひずみが生じて硬くなっています。完全焼なましを行うと、内部応力やひずみが除去され、鋼を軟化させることができます。焼なましは、結晶粒を微細化させる目的もあります。
完全焼なましを行うと、次の効果が得られます。
圧延ままや鍛造ままの鋼材は硬くて切削加工や冷間加工などの加工が難しいため、焼なましを行うことで加工性が改善されます。
球状化焼なまし
球状化焼なましは、主に軸受鋼や工具鋼などの高炭素鋼(過共析鋼)で行われる熱処理です。一般的に、オーステナイトとセメンタイトが共存する温度域まで加熱し、徐冷する操作を行います。
球状化焼なましの目的は、球状化させた炭化物を生地中に均一分散させることです。
炭素含有量が高い鋼は通常、パーライトが主体の金属組織になっています。炭化物が層状に並び、硬い状態です。そのままでは、焼き入れしたときに焼き割れを起こす危険があり、加工性も非常に悪いです。
球状化焼なましを行うと、パーライトが分断されて炭化物が球状化し、生地中に均一分散した金属組織が得られます。炭化物の球状化によって、材料を軟らかくすることができます。これにより、次の効果が得られます。
工具鋼などにおいては、焼入れ前に球状化焼なましを行うことで安定した金属組織が得られます。
特殊熱処理
特殊熱処理の主要な熱処理方法について、その概要や得られる効果などを解説していきます。
固溶化熱処理
目的
固溶化熱処理(Solution Treatment)は、炭化物や窒化物などの析出物を母相中に固溶させることを目的とした熱処理方法です。
固溶化熱処理は、主に①オーステナイト系ステンレス鋼、②オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼、③析出硬化系ステンレス鋼に対して行われる熱処理です。
これらのステンレス鋼は、圧延または鍛造などの熱間加工が行われたあと、炭化物、窒化物、σ相など、材料に悪さをする析出物を生成しています。また、熱間加工によって内部にひずみが生じ、結晶粒が不均一な状態になっています。
固溶化熱処理すると、析出物が分解して母相中に固溶し、ひずみが消え、結晶粒が均一化し、安定した金属組織になります。溶接した材料に生じたひずみを除去することもできます。
固溶化熱処理は、一般的に析出物が固溶する温度(1010~1150℃程度)に加熱したのち、水中などで急冷させる操作を行います。すると、次の効果が得られます。
ステンレス鋼について
ここで、ステンレス鋼について述べておきたいと思います。
ステンレス鋼は大別すると、金属組織などの形態によって①フェライト系、②マルテンサイト系、③オーステナイト系、④オーステナイト・フェライト系、⑤析出硬化系の5鋼種に分類されます。
先に述べたように、これらのうち固溶化熱処理が適用されるものは③~⑤のステンレス鋼です。
ステンレス鋼と言えば「錆びにくい=耐食性が高い」ことでよく知られる鉄鋼材料です。
ステンレス鋼の耐食性が高い理由は、材料中に含まれる大量のクロム(Cr)が「不動態被膜」と呼ばれる薄い膜を形成しているためです。材料中のCr含有率が10.5%以上あると強固な不動態被膜が形成され、これが鉄の腐食を食い止めます。
ただし、CrはCと結合しやすく、熱間加工後にCr炭化物を生成しています。これにより、Cr濃度が低い領域が出来ます。その領域を「Cr欠乏層」といいます。Cr欠乏層が存在すると、その領域が優先的に腐食するため、材料の耐食性が低下してしまいます。
オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼の場合は、σ相と呼ばれる析出物が析出し、耐食性と靭性を低下させます。
固溶化熱処理は、材料の製造過程で生成されたCr炭化物やσ相を分解し、固溶させる働きがあります。これによって材料の耐食性や機械的性質が向上します。
析出硬化系ステンレス鋼では、次に解説する「析出硬化処理」を行う前にこの固溶化熱処理を行うことで、安定した金属組織が得られます。
析出硬化処理
析出硬化処理は、母相中に金属間加工物を分散析出させ、材料を硬化させることを目的とした熱処理方法です。
析出硬化処理は、主にSUS630(別名:17-4PH)やSUS631(別名:17-7PH)に代表される析出硬化系ステンレス鋼に対して行われる熱処理です。
析出硬化処理は、一般的に固溶化熱処理とセットで行われます。
金属間加工物を分散析出させるために、最初に固溶化熱処理によって析出硬化元素を母相中に固溶させます。その後析出硬化処理を行うと、固溶化処理で母相中に過飽和に固溶した析出硬化元素が金属間化合物として分散析出します。
熱処理温度は、鋼材の組成や得ようとする硬さによって異なります。一般的に470~630℃程度に加熱したのち、一定時間保持し、空冷させる操作を行います。析出硬化処理を行った材料は、時間をかけてゆっくりと硬化していきます。そのため、析出硬化処理は時効硬化処理とも呼ばれます。
析出硬化処理を行うと、次の効果が得られます。
析出硬化処理した金属材料は硬く、加工が難しくなります。そのため、固溶化熱処理後、仕上がり形状に近い形状にまで加工した後、析出硬化を行う工程が一般的です。
析出硬化系ステンレス鋼について
析出硬化系ステンレス鋼について述べておきます。
析出硬化系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼がもつ優れた耐食性を確保しながら、高い強度を兼ね備えた鋼種です。タービン部品、高温用ばねなどに使用される鋼種です。
例えば、SUS630は17%Cr‐4%Niを基本組成とし、これに4%程度のCuが添加されています。析出硬化処理を行うと、Cuの金属間加工物を析出します。
また、SUS631は17%Cr‐7%Niを基本組成とし、これに1%程度のAlが添加されています。析出硬化処理を行うと、Ni-Alの金属間加工物を析出します。
おわりに
本記事では、熱処理の種類、操作内容、熱処理で得られる効果など、「熱処理の基本」について解説してきました。
しかし、ここではあくまでも「基本」を解説したにすぎません。
実際の熱処理においては、鉄鋼材料の成分、サイズ、狙いとする強度などを総合的に加味し、熱処理条件を決定する必要があります。これには、より専門的な知識と経験が必要とされます。
熱処理というプロセスは非常に科学的な現象を伴っているプロセスですので、理解を深めるには鉄鋼材料の理論を広範囲に勉強することが必要です。
本学習塾では鉄鋼材料の基礎知識を情報発信していますので、ぜひお役立てください。