熱処理は、材料の性質を改善するために行うプロセスです。熱処理にはたくさんの種類があり、目的に応じて使い分けられています。
熱処理にはどのような方法があるのか、また、どのような効果が得られるのかを知りたいと思っていませんか?
本記事では主要な熱処理方法について、その概要や得られる効果などについてわかりやすく解説しています。
機械構造物の設計や製造などで「熱処理の知識が必要になった」という方などに読んでいただきたいです。ターゲットとしている材料は、鉄鋼材料です。
この記事は、現役の材料エンジニアが書いています!
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熱処理とは?
熱処理とは、材料に加熱と冷却の熱サイクルを与え、材料の性質を変化させるプロセスのことです。
具体的には、材料に対して次の一連の操作を行います。
①加熱操作・・・材料を加熱して赤らめる
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②均熱操作・・・一定の温度で一定の時間保持し、材料全体に熱を行きわたらせる
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③冷却操作・・・材料を冷やす
加熱操作では、熱処理炉を用いて材料を加熱し、材料の温度を上げていきます。加熱温度は、熱処理の種類によって異なります。
熱処理炉内の温度が目的の温度に達したら、材料全体が均一な温度になるまでそのまま保持します。材料を一定の加熱温度で保持することを「均熱」と言います。
材料が均熱されたら、水や油などの冷却媒体を用いて材料を冷却します。
熱処理では、このようにして材料に加熱と冷却の熱サイクルを与えます。一見、単純そうに見えるプロセスですが、材料の内部では相変態(そうへんたい)が起こり、これによって材料の性質が変化します。
相変態とは?
「相変態」とは、温度や圧力によって相が異なる相に変化することです。「相転移」とも言います。
鉄鋼材料は結晶の集合体であり、温度によって結晶構造が変化して異なる相に変態します。どの温度でどのような相を形成するかは、Fe-C系平衡状態図で確認することができます。
S45Cなどの亜共析鋼(炭素含有率が約0.77%以下の鉄合金)は、約900℃の高温域ではオーステナイトと呼ばれる相を形成します。オーステナイトは「面心立方構造(fcc)」と呼ばれる結晶構造をもち、多くの炭素を固溶することができます。
オーステナイト化した亜共析鋼を冷やしていくと、変態点と呼ばれる温度で相変態を起こします。このとき、材料を冷やす速度によって、形成される相が異なります。
ゆっくり冷やしたとき
オーステナイト化した亜共析鋼をゆっくり冷やしていくと、フェライトとセメンタイトの2つの相が形成されます。
フェライトは「体心立方構造(bcc)」と呼ばれる結晶構造をもち、炭素をあまり固溶できない相です。性質は純鉄に近く、やわらかくて延性があります。
セメンタイトは鉄と炭素が結合し、Fe3Cの状態をとる相です。セメンタイトはセメントのように硬く、もろい性質があります。
セメンタイトはフェライトと交互に折り重なり、1つの組織となります。この組織をパーライト組織と言います。
結果として、オーステナイト域からゆっくり冷やした亜共析鋼の組織は、フェライトだけの部分とパーライト化した部分が混在する組織となります。硬い相とやわらかい相が混ざっているため、鉄鋼材料としては比較的低強度な材料となります。
素早く冷やしたとき
オーステナイト化した亜共析鋼を素早く冷やしていくと、マルテンサイトが形成されます。
マルテンサイトはbccの結晶構造をもち、非常に硬くてもろい相です。マルテンサイトは平衡状態図上には存在しない相で、鉄鋼材料をオーステナイト域から急冷させたときのみに現れる相です。
焼入れと呼ばれる熱処理は材料の組織をマルテンサイトとする熱処理方法で、これによって高強度な材料が得られます。
このように、熱処理では加熱条件と冷却条件を制御して材料を相変態させ、所望の性質の材料を得ることができます。
熱処理で得られる効果
熱処理では、熱処理条件によってさまざまな効果を得ることが可能です。
熱処理によって得られる効果は、次の通りです。
熱処理による機械的性質の向上は、もっとも利用価値の高い熱処理効果と言えます。熱処理方法としては、「焼入れ」が代表的な熱処理方法です。
一方、硬すぎる材料は加工しづらいことがあります。この場合は、材料をやわらかくする熱処理が行われます。熱処理方法としては「焼なまし」が代表的な熱処理方法です。
熱処理では、機械的性質を向上させるだけでなく、耐食性などの化学的性質面を向上させることも可能となります。その代表的な熱処理方法は「固溶化熱処理」です。
固溶化熱処理は、ステンレス鋼の製造において欠かせない熱処理方法となっています。
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熱処理の仕方
材料の加熱には「熱処理炉」が使用されます。熱処理炉には石油またはガスによる燃焼加熱式のものや、電気加熱式のものがあります。
熱処理炉内は大気中の雰囲気であることが一般的ですが、目的に応じて真空引きされ、真空熱処理が行われます。本記事内では紹介しませんが、表面硬化処理と呼ばれる熱処理では浸炭または窒化用のガスが使用されます。
材料の冷却には大気、水、油などの冷却媒体が使用されます。以下のように、使用する冷却媒体によって冷却方法の呼び名が決まっています。
熱処理では、冷却速度が材料の性質を決めるカギとなります。使用する冷却媒体によって材料が冷える速度が変わるため、目的に応じて適切な冷却方法が適用されます。
熱処理の種類
ここでは、鉄鋼材料に対して行われている一般的な4つの熱処理について、その目的や操作などを解説します。
- 焼入れ
- 焼戻し
- 焼ならし
- 焼なまし
① 焼入れ
目的:材料の組織をマルテンサイトにして材料を硬化させる。
操作:材料をオーステナイト化温度で均熱し、急冷する。
焼入れは、鉄鋼材料を硬化させるために行われる代表的な熱処理です。焼入れの英語名が「Quenching(クエンチング)」であるため、「クエンチ」とも呼ばれます。
操作としては、材料を900℃程度に加熱して組織をオーステナイト化させ、その後室温まで一気に急冷させます。冷却の媒体は、主に水や油が使用されます。
焼入れ後の材料の組織は、マルテンサイト組織となります。マルテンサイトは非常に硬い組織であるため、材料は硬い材料となります。材料の硬化にともない、引張り強さや耐力も向上します。
ただし、焼入れされた鉄鋼材料は非常にもろく、靭性がありません。そこで、靭性を向上させるため、焼入れ後には焼戻しがセットで行われます。
焼入れは、一定量の炭素を含有した鉄鋼材料のみで効果があります。SS材、SPH材、SPC材のように、炭素含有率が低い鉄鋼材料では焼入れの効果がありません。
② 焼戻し
目的:焼入れによって硬化した材料をやわらかくし、材料に靭性を与える。
操作:材料をオーステナイト化温度以下で均熱し、炉冷または空冷によって徐冷する。
一般的に、焼戻しは焼入れに続いて行われます。焼戻しの英語名が「Tempering(テンパリング)」であるため、「テンパー」とも呼ばれます。
焼入れされた鋼はマルテンサイト組織を形成しているため、硬く、脆い状態です。そこで、硬くなった鋼をやわらかくして靭性を与える目的で焼戻しが行われます。
焼戻しの方法には、「低温焼戻し」と「高温焼戻し」があります。
- 低温焼戻し・・・150~250℃程度で行う焼戻しのこと。硬さをあまり低下させずに、内部応力を低下させることができる。主に工具鋼に適用される。
- 高温焼戻し・・・500~680℃程度で行う焼戻しのこと。硬さ、引張強さは低下するが、靭性が向上する。主に機械構造用鋼に適用される。
なお、焼入れと焼戻しの操作を一連で行う熱処理のことを「調質」と言います。調質は「QT」と称されることがあります。
③ 焼ならし
目的:熱間加工によって不均一になった組織をととのえる。
操作:材料をオーステナイト化温度で均熱し、空冷する。
焼ならしは英語名が「Normalizing(ノルマライジング)」であるため、「ノルマル」とも呼ばれます。Normalizingには「標準」の意味があり、この熱処理は鋼を標準な状態にすることに由来しています。
一般的に、焼ならしは熱間圧延や熱間鍛造などの熱間加工後に行われます。
熱間加工を受けたあとの材料の内部は、ひずみの分布が不均一な状態となっています。そのため、組織がいびつで、未変態の組織や粗大化した結晶粒などが存在します。また、材料は硬い状態にあり、切削加工しづらい材料となっています。
焼ならしを行うと結晶粒が微細化し、きれいにととのった組織となります。同時に内部の残留応力が低減され、やわらかさも生じ、切削加工が容易になります。
また、後工程の熱処理で安定な組織を得られるという効果もあります。浸炭熱処理や軟窒化処理の前に焼ならしを行うことで、品質のよい材料が得られます。
④ 焼なまし
焼なましは、所定の温度で材料を均熱したのち、決められた温度で冷却する熱処理方法です。英語名である「Annealing」から「アニール」とも呼ばれます。
焼なましは、加熱条件や得られる効果によって多くの種類があり、目的によって使い分けられます。
以下は、焼なましの種類とその概要です。
- 完全焼なまし・・・オーステナイト化温度で均熱し、行う焼なまし
- 応力除去焼なまし・・・内部応力を低減するために適切な温度で均熱し、徐冷する熱処理
- 低温焼なまし・・・残留応力の低減または軟化を目的として、変態点以下で行う焼なまし
- 拡散焼なまし・・・偏析による成分の不均一性を、拡散によって低減させることを意図した高温の長時間焼なまし
- 球状化焼なまし・・・析出した炭化物を安定な球状にする熱処理
- 等温焼なまし・・・オーステナイト化後冷却し、変態が完結するような温度で均熱することで冷却を中断する焼なまし
このうち、代表的な焼なましである「完全焼なまし」、「拡散焼なまし」、「球状化焼なまし」について詳しく解説します。
a. 完全焼なまし
目的:熱間加工によって生じた材料内部の応力を除去し、加工性を向上させる。
操作:材料をオーステナイト化温度以上で均熱し、徐冷する。
完全焼なましは、主に熱間圧延や熱間鍛造などの熱間加工後に行われる熱処理です。
熱間加工を受けた材料は、内部応力やひずみが生じています。材料は硬く、加工しづらい状態となっています。
完全焼なましを行うと、内部応力やひずみが除去され、鋼をやわらかくすることができます。これによって切削加工性や冷間加工性が向上し、部品加工が容易になります。
完全焼なましは、結晶粒を微細化させる効果もあります。
b. 拡散焼なまし
目的:材料内で合金元素が均一に分布した材料を得る。
操作:材料を固相線直下の高温域(1200~1250℃)で長時間均熱する。
拡散焼なましは、別名「ソーキング」と呼ばれます。主に合金元素が多く添加されている鉄鋼材料に対して行われる熱処理です。
合金元素が多く添加されている鉄鋼材料は、内部に偏析を生じています。偏析とは、合金元素が不均一に分布し、場所によって成分の濃淡が生じている状態のことです。鋳造工程において、インゴット内の場所によって凝固スピードが異なることで偏析が生じます。
拡散焼なましを行うと合金元素の拡散が生じ、偏析が解消されます。合金元素が均一に分布し、材料内で成分の濃淡がなくなるため、良好な品質の材料が得られます。
c. 球状化焼なまし
目的:基地中に球状化炭化物が分散した組織を作り、材料を軟化させる。
操作:オーステナイトとセメンタイトが共存する温度域で材料を均熱し、徐冷する。
球状化焼なましは、主に高炭素鋼に対して行われる熱処理です。鋼種としては軸受鋼や工具鋼などが該当します。
通常、高炭素鋼は熱間加工後、パーライトが主体の組織になります。材料は非常に硬く、切削加工性が悪い状態となります。
球状化焼なましを行うと、パーライト中の炭化物が分断されて球状化します。フェライト基地中に球状化炭化物が均一分散した組織となり、やわらかい材料が得られます。材料の切削加工性が向上するため、焼入れ前に部品を加工するための手段として本熱処理が活用されています。
球状化焼なましを行うと材料の切削加工性が向上するだけでなく、焼入れ時に安定した組織が得られます。これにより、材料の強度や耐摩耗性を向上させることができます。
特殊な熱処理
ここでは、主にステンレス鋼に対して行われる特殊な熱処理について、その目的や操作内容などを解説します。
- 固溶化熱処理
- 析出硬化処理
ステンレス鋼について詳しく知りたい方は、次の記事をご参照ください。↓↓
① 固溶化熱処理
目的:析出物を基地中に固溶させ、材料の耐食性と機械的性質を向上させる。
操作:析出物が固溶する温度で均熱し、急冷する。
固溶化熱処理は、主に以下のステンレス鋼に対して行われる熱処理です。
- オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316など)
- オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(SUS329J1、SUS329J4Lなど)
- 析出硬化系ステンレス鋼(SUS630、SUS631など)
これらのステンレス鋼は、熱間圧延や熱間鍛造が行われたあと、不安定な組織となっています。内部にひずみを持ち、炭化物やσ相などの有害な析出物を生成しているため、機械的性質や耐食性が低下した状態となります。
固溶化熱処理を行うと、析出物が分解して基地中に固溶します。組織はオーステナイト単相となり、ひずみは低減されます。これにより、材料の機械的性質や耐食性が向上します。
析出硬化系ステンレス鋼では、次に解説する「析出硬化処理」を行う前にこの固溶化熱処理を行うことで、安定した組織が得られます。
固溶化熱処理を行うときの加熱温度は、鋼種によって異なります。SUS304では1010~1150℃、SUS329J4Lでは950~1100℃、SUS630では1020~1060℃となっています。
② 析出硬化処理
目的:組織中に微細な金属間化合物を析出させ、材料を硬化させる。
操作:一定の温度で均熱し、空冷する。
析出硬化処理は、主にSUS630やSUS631などの析出硬化系ステンレス鋼に対して行われる熱処理です。析出硬化処理を行うと、組織中に硬い金属間化合物が析出し、材料を硬化させることができます。
金属間加工物を均一に析出させるために、析出硬化処理前に固溶化熱処理を行うのが一般的です。
固溶化熱処理を行うと、析出硬化元素(Cu、Alなど)が基地中に固溶します。析出硬化元素がしっかり固溶した状態で析出硬化処理を行うと、金属間化合物が分散して析出します。
析出硬化処理温度は、鋼種や目的とする硬さによって異なります。SUS630では、470~630℃の範囲内で均熱後、空冷する操作が行われます。SUS631では、760℃で均熱後、15℃以下に冷却したのち、再び加熱して565℃で均熱し、空冷する操作が行われます。
析出硬化処理された材料は、時間をかけてゆっくりと硬化していきます。硬くなるまでに時効があるため、析出硬化処理は別名「時効硬化処理」とも呼ばれます。
おわりに
本記事では、熱処理の基礎について解説してきました。
忙しい方のために要点をかいつまんで解説しているため、ここで解説した内容は初歩的な内容となります。
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