鋼は強度と靭性を有し、加工しやすいことから、自動車や産業機械、構造物などの製作に適した材料として知られています。
一口に鋼と言ってもその種類は多く、製法、成分、用途などによってさまざまな名称の鋼が存在します。
鋼の種類のことを「鋼種」と言いますが、鋼種が違えば当然、材料特性や値段などが変わってきます。材料の選定においては、用途やコストに見合ったものを選定する必要があります。機械・構造物の設計や加工に携わる人は鉄鋼材料に触れることが多いため、各鋼種の特性などを理解しておくことが大切です。
本記事では、基本の鋼種である「炭素鋼と合金鋼」の違いについて解説しています。
鉄鋼材料の基礎知識を学びたい方は、まずこれらの鋼種の特徴や違いなどを抑えておきましょう。
鋼の基本
炭素鋼と合金鋼の違いを知る前に、まずは「鋼の基本」について抑えておきましょう。
鋼の基本成分
鋼のことをよく知らない人にまず知っていただきたいことは、「鋼は鉄を主成分とした金属」だということです。鋼には、鉄以外の成分(元素)が数種類以上含まれています。
特に「鋼の主要5元素」と呼ばれる成分は「鋼の基本成分」として知られ、どの鋼種にも必ず含まれています。
炭素は鋼の強さを決める
鋼に含まれる成分の中で、最も重要な役割を担っている成分が、「炭素」です。
基本的に鉄は軟らかくてもろい金属ですが、鋼は硬くて強さのある金属となっています。その鋼に強さを与えている成分が、炭素です。
鉄の中に一定量の炭素を混ぜて鋼にすることで、鉄を硬くすることができます。鉄が硬くなると引張強さや耐摩耗性も向上し、強い鉄となります。そのため、目的の強さに合わせて炭素の含有量が調整されています。
ただし、炭素の含有量が多すぎても鋼としての効果がなくなるため、通常、炭素含有率が0.02%から2%までの範囲内にあるものが鋼として扱われます。炭素含有率がそれ以下、またはそれ以上の場合は、別の材料として扱われます。
必要に応じて合金元素が添加される
前述したように、鋼は目的の強さに合わせて炭素の含有量が調整されています。
ただし、炭素だけでは目的とする強さや性質の鋼を得られない場合があります。その場合は「合金元素」が添加されます。
例えばモリブデン(Mo)を添加すると、鋼の靭性(粘り強さ)が向上します。クロム(Cr)を添加すると、鋼の耐食性が向上します。鋼の性質を改善してくれる元素は他にもニッケル(Ni)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)などがあります。ガスである窒素(N)も鋼を硬くしてくれる効果があります。これらの合金元素は、求められる鋼の性質に合わせて必要なものが添加されます。
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鋼の種類
鋼はよく、「難しい材料」だと言われます。その理由は、合金成分の組み合わせや配合比率によって性質が無数に変わり、これによってたくさんの鋼種が存在するためです。
鉄鋼材料を学習するにあたっては、まずは基本的な鋼種を抑えておくことが大切です。それらについて解説しますので、特徴を理解していきましょう。
基本の鋼種は「炭素鋼」と「合金鋼」
鋼は成分によって、大きく「炭素鋼」と「合金鋼」に分類されます。
「炭素鋼」と「合金鋼」は、全ての鋼の基本となる鋼種です。
以下では、それぞれの特徴、メリット・デメリット、代表的な鋼材について解説していきます。
炭素鋼
炭素鋼とは
炭素鋼とは、炭素によって材料の強度が調整されている鋼のことです。成分は主要5元素(C、Si、Mn、P、S)で構成されており、合金元素は含まれていません。
炭素鋼は、最も一般的な鋼として知られています。用途としては単純な機械部品の製作に使用する、機械の筐体(きょうたい)に使用するといった普通の用途に向いているため、「普通鋼」とも呼ばれます。
前述したように、炭素は鋼の強さを決める役割を果たすため、炭素鋼では炭素の含有率によって強さが調整されています。炭素鋼は炭素含有率によって、「低炭素鋼」、「中炭素鋼」、「高炭素鋼」の3つの鋼種に分類できます。高炭素のものほど、高強度材になります。また、「焼入れ・焼戻し」と呼ばれる熱処理を行うことで、さらに強度を高めることが可能です。ただし、低炭素鋼は焼入れ・焼戻しを行ってもあまり強度の向上が望めません。
炭素鋼の区分 | 炭素含有率 |
低炭素鋼 | 0.02~0.25% |
中炭素鋼 | 0.25~0.6% |
高炭素鋼 | 0.6~2.14% |
基本的に炭素鋼には合金元素が含まれていませんが、全く含まれていないわけではありません。
鉄の原料である鉄鉱石や鉄スクラップなどに含まれている合金元素が最終製品に残存することがあるためです。また、微量であれば添加してもよいこととなっています。
そのため、日本産業規格(JIS)では、鋼種ごとに含有してもよい合金元素の範囲を規定しています。
例えば機械構造用炭素鋼鋼材を規定しているJIS G 4051では、NiとCrの含有率をそれぞれ0.20%以下と規定しています。
炭素鋼のメリット
炭素鋼には、次のメリットがあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
入手しやすい
炭素鋼は鉄鋼材料の中で最も一般的な鋼種であるため、大量に生産されており、市中にたくさん流通しています。
そのため、炭素鋼は入手しやすい鋼種となっています。炭素鋼の基本的な性能は強度のみのため、特殊な用途への使用でなければ、手軽に扱える材料です。
豊富な形状が取り揃えられている
炭素鋼は単純形状のものから複雑形状のものまで、豊富な形状のものが取り揃えられています。
基本的な形状としては、丸棒・角棒形状のもの(棒鋼)や、板状のもの(鋼板;こうはん)があります。鋼板の厚さで言えば、1mm以下の薄いものから、400mmを超える極厚のものまで幅広くあります。形状のラインナップが多いと、市販されている形状に合わせて機械などを設計しやすいメリットが生まれます。
建築資材向けでは、H形鋼、溝形鋼、山形鋼、鋼矢板と呼ばれる形状のものがあり、多様な形状があります。
値段が安い
炭素鋼には、レアメタルと言われるような高価な合金元素が含まれていません。炭素鋼の基本元素である炭素は安価なため、低コストで材料を製造できます。そのため炭素鋼は値段が安く、部品や構造物に適用したときに製作コストを抑えることができます。
炭素鋼のデメリット
炭素鋼には次のデメリットがあるため、注意する必要があります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
強度が限られている
炭素鋼は炭素含有率が高いものほど高強度ですが、特殊な処理がされているものを除けば、S45Cなどの汎用的な炭素鋼で出せる引張強さはせいぜい800N/mm2程度となっています。これ以上の強度が必要な場合は、他の鋼種を適用する必要があります。
高強度材はもろい
炭素鋼は、高炭素で高強度なものほど延性や靭性が低くなり、もろい材料となります。もろい材料は、過剰に負荷を受けたときに変形を伴わずに破壊したり、切り欠きがある場合に弱い衝撃でも破壊を引き起こしたりして危険です。
また、炭素含有率が高いものを溶接しようとすると、脆化によって溶接割れを起こします。そのため、中~高炭素鋼は溶接に不向きな材料となっています。
サビやすい
炭素鋼はサビが発生しやすいたため、水蒸気が多い環境や海水に晒されるような環境下には適していません。もしそのような環境下で使用したい場合は、材料に適切な防食処理を施すか、サビにくい鋼種(ステンレス鋼など)を選択する必要があります。
代表的な炭素鋼材
実用的な鋼材の中で、代表的な炭素鋼材を紹介します。
鋼材とは、圧延や鍛造などの熱間加工が施され、販売されている鉄鋼材料のことです。ここで示す鋼材の記号や名称は、日本産業規格(JIS)で規定されているものです。
SS材
SS材は、「一般構造用圧延鋼材」という名称でJISに規定されている炭素鋼材です。最も一般的な鋼材として知られており、安価で入手しやすい特徴があります。一般的な構造部材に適した強度を有し、特に建築分野で使用されています。
SS材には強度ごとに4つのラインナップがあります。代表的なものは「SS400」と呼ばれる鋼種で、400N/mm2以上の引張強さを有しています。基本的に焼入れ・焼戻しを行わず、そのまま使用します。
SM材
SM材は、「溶接構造用圧延鋼材」という名称でJISに規定されている炭素鋼材です。溶接構造物に適した成分の鋼材となっており、JISでは11種類の鋼種が規定されています。
代表的な鋼種は「SM400」です。SM400はSS400と同じ強度を有しながら溶接性にも優れるため、パイプラインや発電プラントなどの重要なインフラ設備の構造部材などに使用されています。
S-C材
S-C材は、「機械構造用炭素鋼鋼材」という名称でJISに規定されている炭素鋼材です。その名の通り、機械構造用の部材に適しており、シャフトなどの主要部材に欠かせない炭素鋼材です。
JISでは、成分ごとに23種類のS-C材が規定されています。代表的な鋼種は「S45C」です。S45Cは炭素を0.45%程度含有しており、サイズにもよりますが、700N/mm2程度の引張強さがあります。焼入れすることで、さらに高い強度を得ることができます。ただし炭素含有率が高いため、溶接には不向きな材料となっています。
SPC材
SPC材は、「冷間圧延鋼板及び鋼帯」という名称でJISに規定されている炭素鋼材です。冷間圧延と呼ばれる方法で製造されている鋼材で、板または帯状になって販売されています。「みがき材」とも呼ばれ、表面がなめらかでつやがある点が特徴です。
JISでは、用途ごとに5種類のSPC材が規定されています。代表的な鋼種は「SPCC」です。SPCCは炭素含有率が低く、軟らかい素材のため冷間加工性に優れ、曲げ加工や絞り加工などの一般的なプレス加工に適した材料となっています。
合金鋼
合金鋼とは
合金鋼とは、鋼の性質を改善させるため、または所定の性質を持たせるために合金元素が1種類以上添加されている鋼のことです。
JISでは、合金含有率が以下のものを合金鋼として定義しています。
合金元素 | 含有率 | 合金元素 | 含有率 |
Al | 0.3 | Ni | 0.3 |
B | 0.0008 | Nb | 0.06 |
Cr | 0.3 | Si | 0.6 |
Co | 0.3 | Ti | 0.05 |
Cu | 0.4 | W | 0.3 |
Pb | 0.4 | V | 0.1 |
Mn | 1.65 | Zr | 0.05 |
Mo | 0.08 | その他 | 0.1 |
合金鋼の特徴は「炭素鋼にはない優れた機能性」を有する点です。有する機能性は添加される合金元素の種類や含有率などによって変わります。合金鋼の機能性を整理すると、次の4つに分けることができます。
- 強度特性(高強度、高靭性、耐摩耗性、耐疲労特性、耐遅れ破壊特性など)
- 加工特性(被削性、冷間加工性など)
- 特殊環境特性(高温特性、低温特性、腐食特性、水素特性など)
- その他(磁気特性、摩擦特性、熱膨張特性、減衰特性など)
合金鋼は、これらの特性のうちの1つまたは1つ以上の特性を有し、その特性を必要とする用途に対して適用されます。合金鋼は特殊な用途に使用されることが多いため、炭素鋼が「普通鋼」と呼ばれるのに対し、合金鋼は「特殊鋼」と呼ばれます。
合金鋼は、合金の含有率によって「低合金鋼」、「中合金鋼」、「高合金鋼」に分類されます。基本的に合金の含有率が高いほど、材料が持つ特性も高くなります。
合金鋼の区分 | 合金元素の含有率 |
低合金鋼 | 5%以下 |
中合金鋼 | 5~10% |
高合金鋼 | 10% |
「サビない鉄」でお馴染みのステンレス鋼はクロム(Cr)を10.5%以上含有するため、成分の分類上は高合金鋼に分類されます。
ステンレス鋼の特徴は何と言っても、高い耐食性を有する点です。他の合金鋼とはかけ離れた性質を持つため、合金鋼とは別物として扱う人が多いです。
「強靭性」と「焼入れ性」の関係
代表的な合金鋼をいくつか挙げてみると、クロム鋼(Cr鋼)、クロム・モリブデン鋼(CrMo鋼)、ニッケル・クロム鋼(NiCr鋼)などがあります。これらの合金鋼は、強靭性を有する鋼として知られています。
こられの合金鋼が強靭性を有する理由は、「焼入れ性」が高いためです。
焼入れ性とは、加熱した材料を急冷させたときの、材料の冷えやすさのことです。焼入れは「加熱した材料を急冷させる操作」を指しますが、この急冷操作によって金属組織が硬い組織に変化し、材料が強くなります。よく、熱処理屋さんが「焼きが入った」と言いますが、これは材料が瞬時に冷えて硬くなったことを指しています。
通常、機械や構造物などに使用される鋼材は、強度を高めるために焼入れが行われます。しかし、炭素鋼の場合、材料が大型であるほど材料の中心部まで焼きが入らず、強度が出にくいという欠点があります。
一方で、Ni、Cr、Moなどの合金元素は、鋼の焼入れ性を高める効果があります。これらの合金元素が添加された鋼は、大型の材料であっても中心部まで焼きが入るため、強靭な鋼にすることができます。
合金鋼のメリット
合金鋼には、次のメリットがあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
機能材のラインナップが多い
炭素鋼が有する特性は適度な強度と加工性のよさであり、これらの特性はほぼ炭素量によって決まるため、炭素鋼のラインナップはそう多くないと言えます。
一方の合金鋼には強靭性を有するもの、耐熱性を有するもの、耐食性を有するものなど、幅広いラインナップが存在します。この機能材としての合金鋼の幅広さが、鉄鋼を多用途に生かせるメリットを生み出しています。
高い機能性の製品を実現できる
合金鋼を用いることによって生まれるメリットは、製品の機能性を高め、高いパフォーマンスを有する製品を実現できることです。
その代表例が自動車と言えます。自動車のエンジンやトランスミッション、足回りなどの主要部品には合金鋼が使用されています。使用される材料には高い強度や疲労特性、耐熱性などが求められますが、合金鋼がこれらの性能を発揮し、高い機能性の製品を実現しています。
合金鋼のデメリット
炭素鋼には次のデメリットがあるため、注意する必要があります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
加工性が悪い
一般的に合金鋼は高合金のものほど硬いですが、硬いものほど被削性(削られやすさ)が悪くなります。被削性が悪くなると工具が摩耗しやすくなり、仕上りに時間がかかってしまいます。
そのため、切削量が多い場合は一旦「焼なまし」を行い、材料を軟らかくした状態で仕上りの手前まで加工し、「焼入れ・焼戻し」を行うのが通常です。
なお、被削性を改善させるために鉛や硫黄などが添加された「快削鋼」と呼ばれる鋼材があります。
値段が高い
合金鋼は添加される合金元素が多いため、炭素鋼と比べて高価となっています。中にはレアメタルを大量に使用している鋼種もあり、そのような鋼種は高級品となっています。そのため、合金鋼を選定するときは強度とコストのバランスを考慮する必要があります。
代表的な合金鋼
実用的な鋼材の中で、代表的な合金鋼材を紹介します。
SCM材
SCM材は、「機械構造用合金鋼鋼材」という名称でJISに規定されている合金鋼材です。「SCM」という材料記号はクロム・モリブデン鋼(CrMo鋼)のことを表しており、合金元素としてクロム(Cr)とモリブデン(Mo)が添加されています。SCM材は焼き入れ性が高いため強靭で、主要な機械構造用部材によく使用されています。
JISでは、成分ごとに11鋼種のSCM材が規定されています。代表的な鋼種は「SCM440」です。高い強度と靭性を有し、歯車やシャフトなどの多くの重要部品に使用されています。
SNCM材
SNCM材は、SCM材と同じく「機械構造用合金鋼鋼材」という名称でJISに規定されている合金鋼材です。「SNCM」という材料記号はニッケル・クロム・モリブデン鋼(NiCrMo鋼)のことを表しており、SCM材にニッケル(Ni)が加わった組成となっています。
JISでは、成分ごとに11種類のSNCM材が規定されています。代表的な鋼種は「SNCM439」です。SNCM439はSCM440よりも高い強度と靭性を有するため、内燃機関のクランク軸のような特に重要な機械部品に使用されています。
SKD材
SKD材は、「合金工具鋼鋼材」という名称でJISに規定されている合金鋼材です。「工具鋼」と名が付く通り、主に工具の材料として使用されています。工具には高い硬度、衝撃特性、耐摩耗性などが要求されることから、それらの特性に優れた材料となっています。
JISでは、用途や成分ごとに32種類の鋼種が規定されています。その中でも代表的な鋼種は「SKD11」です。合金元素としてクロム(Cr)、モリブデン(Mo)、バナジウム(V)を含有し、耐摩耗性に優れています。SKD11は、さまざまな冷間金型や工具などに使用されています。
おわりに
炭素鋼と合金鋼についてそれぞれ解説してきました。両者の違いが分かりましたか?
本記事がお役立ていただけたなら、幸いです。