鉄鋼業界についてネットで調べてみると、「将来性がない」、「オワコン」といったワードが出てきます。
このようなワードを見てしまうと鉄鋼業界に対して不安を覚えますが、本当にそうなのでしょうか。
結論を言うと、鉄鋼はオワコンではありません。鉄鋼業界はこの先も魅力があり、将来性がある業界です。
本記事では、その理由について詳しく解説しています。鉄鋼業界への就職を考えている学生さんや、鉄鋼業界に関わっている社会人さんに役立つ内容となっています。
この記事は、現役の材料エンジニアが書いています!
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鉄鋼業界の立ち位置
まずはじめに、ものづくり業界における鉄鋼業界の立ち位置について確認しておきましょう。
ものづくり業界では、鉄鋼を使ってさまざまな製品が作られています。
鉄鋼が使われている製品の例を挙げると、自動車、船舶、家電、スマートフォン、工作機械、建設機械などが挙げられます。自動車に至っては骨格構造部、ドア、パネル、エンジン部品などの至るところに鉄鋼が使われており、重量の約70%を鉄鋼が占めています。
ビル、橋梁、鉄道、発電所、石油プラントなどの公共物や社会インフラにも多くの鉄鋼が使われています。多くの方が気づいてないだけで、世の中の多くの製品に鉄鋼が使われています。世の中にある金属製品の90%以上は、鉄鋼だとも言われています。
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これらの製品を作っている自動車メーカー、機械メーカー、建設会社などに対し、必要な材質や強度をもつ鉄鋼を作り、販売しているのが鉄鋼業界です。
鉄鋼業界の主要企業である鉄鋼メーカーは、鉄鉱石や鉄スクラップからさまざまな鉄鋼を作り、各種産業分野に向けて販売しています。鉄鋼メーカーから鉄鋼を仕入れた企業は、それを加工して最終製品を作っています。
つまり、鉄鋼業界はものづくり業界の心臓部とも言える存在です。鉄鋼業界から供給される鉄鋼が無ければ、ものづくり業界が成り立ちません。
当たり前のように自動車や家電があり、道路やビルが発達しているのは鉄鋼があるおかげです。このように、鉄鋼業界はものづくり業界にとっても、社会にとっても重要な存在となっています。
主要な鉄鋼メーカー3社
以下は、国内鉄鋼業界における主要な鉄鋼メーカー3社です。この3社だけで、国内粗鋼生産量のシェアを約8割占めています。
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日本の鉄鋼業界の強み
世界的に見たとき、日本の鉄鋼業界はどのような強みを持っているのでしょうか。
日本の鉄鋼業界の強みは、大きく3つあります。
これらのことについて、以下で詳しく解説していきます。
① 世界3位の鉄鋼生産能力
日本は戦後、鉄鋼生産能力を大きく成長させてきた国です。その歴史を辿ってみましょう。
下のグラフは、世界と日本の「粗鋼生産量(そこうせいさんりょう)」の長期推移を表したグラフです。粗鋼生産量とは、鉄鉱石や鉄スクラップから生産された鉄鋼の量のことで、国力や景気の動向を表わす指標ともなっています。
1960年頃から1970年頃にかけて、日本の粗鋼生産量は驚異的に伸びています。この頃の日本は高度経済成長期にあり、社会インフラの整備にともなって鉄鋼の需要が大幅に増加したため、粗鋼生産量が著しく伸びました。
1972年には粗鋼生産量が大台の1億トンを突破し、1979年には粗鋼生産量で世界2位だったアメリカを抜いています。日本が鉄鋼産業で世界的な地位を確立した瞬間です。
その後は今日まで、日本の粗鋼生産量は1億トン前後で推移しています。現在、中国とインドの経済成長が著しいことから、それらの国が粗鋼生産量で上位を占めています。特に中国の成長が著しく、10億トン以上の粗鋼生産量を誇ります。実に日本の10倍以上の生産量です。
それでも日本は、世界3位の粗鋼生産量を保っています。人口で言えば日本は中国やインドの10分の1程度であるため、人口に対する鉄鋼生産能力を考えると、優れた成績と言えます。
粗鋼生産量で世界3位を誇る日本は、まさしく世界に肩を並べる鉄鋼大国です。
② 柔軟なグローバル展開能力
日本の鉄鋼業界はグローバルに展開しており、海外事業で大きな収益を上げています。
日本は、アジアなどの新興国を中心とした多くの国に鉄鋼に出荷しています。日本鉄鋼連盟によると、2023年の鉄鋼輸出量は3,270万トンでした。出荷額にして4兆5,000億円で、自動車、半導体等電子部品に次ぐ規模の輸出額となっています。鉄鋼は国の経済にも大きな影響を与えていることがわかります。
また日本は、鉄鋼の製造拠点を世界各国に持っています。日本製鉄は世界15か国に製造拠点を持ち、JFEスチールは世界18の地域に活動拠点を持っています。海外で鉄鋼の生産、販売を行うことで現地での需要を取り込み、収益を上げています。
日本は、新興国や途上国に対する技術支援も積極的に行っています。日本製鉄はこれまでに、韓国の鉄鋼メーカーであるポスコに資金援助と技術供与を行っています。また、中国の国家プロジェクトに関わって上海に大型一貫製鉄所を建設し、鉄鋼事業の立ち上げを支援しています。
このように日本の鉄鋼業界は世界を牽引する存在であり、世界の成長を支えています。
近年は、日本の鉄鋼メーカーによる海外メーカーの買収も積極的に行われています。その理由は、生産量と収益の拡大を図るためです。
③ 高級鋼材の製造技術力
日本は高度経済成長期以降、鉄鋼生産能力を大きく伸ばしてきました。それと同時に、技術力も飛躍させてきました。
「鉄鋼はどれも同じ」と思われている方がいるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。鉄鋼は「合金元素の配合比率」や「熱処理条件」などによって強度、加工性、耐食性などの材料特性が変化します。これらをうまく調整することで、さまざまな種類の鋼材を作ることが可能となります。(鋼材とは、板や棒などの形に成形された鉄鋼材料のこと。)
日本の鉄鋼メーカーは高度なプロセス制御技術を持っており、高い品質と機能性をもつ鋼材を作ることを得意としています。これにより、さまざまなニーズに合った優れた鋼材をいくつも開発してきました。「ハイテン」や「電磁鋼板(でんじこうはん)」はその代表格とも言える鋼材で、これらの製品は品質と機能性の高さから「高級鋼材」と呼ばれています。
ハイテンとは?
ハイテンとは「高張力鋼板(こうちょうりょくこうはん)」のことで、薄くて軽いのに高い強度を持つ鋼材です。自動車の骨格構造部やドア、パネルなどに適用することで自動車が軽くなり、燃費が向上してCO2排出量を削減する効果があります。
ハイテンは強度レベルが440MPa~980MPa級のものが主流ですが、日本の鉄鋼メーカーは1,500MPaを超える強度レベルのハイテン(超ハイテン)を開発しています。この超ハイテンは世界最高水準の強度レベルであり、製造に高度な技術を要することから、海外の鉄鋼メーカーは作れません。
ハイテンについてもっと詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
日本の鉄鋼技術力は世界トップレベルで、品質と機能性が高い「高級鋼材」の製造を得意としています。高級鋼材は最終製品の機能を向上させる効果があるため、世界で高く評価されています。
鉄鋼業界が直面している危機
鉄鋼業界は社会的な変動の影響を受けやすいため、決して安泰な業界ではありません。いま鉄鋼業界は、次のような危機に直面しています。
これらのことについて、以下で詳しく解説していきます。
① 鉄鋼内需の低迷問題
2000年以降、鉄鋼は内需(日本国内の需要)の低迷が続いています。
鉄鋼の内需は、ピーク時の1990年(バブル期)には9,400万トンありました。その後内需は半減し、2023年には4,500万トンにまで落ち込みました。
内需が低下している主な要因は、国内のインフラ整備が一段落したことと、人口減少が進んでいることです。現在の日本は人口の割合に対して十分な量のインフラが整っていることから、鉄鋼の需要が減ってきています。
この先、都市再開発や老朽化したインフラの改修にともなう鉄鋼内需はあるものの、内需が大きく回復することは無いと見込まれています。このような状況にあることから、国内では閉鎖に追い込まれている製鉄所も登場しています。
2023年には、主力の製鉄設備を持っていた日本製鉄の瀬戸内製鉄所呉地区が事業を停止しました。他の鉄鋼メーカーでも生産能力の縮小や、事業の見直しを迫られています。国内での売り上げが望めない以上、海外での売り上げ比率を高めることが課題となっています。
国内では鉄鋼の需要が低迷していますが、鉄鋼メーカー各社は、需要がある新興国向けに事業展開するビジネスモデルに切り替えています。
② 世界的な鉄鋼の過剰生産問題
日本国内における内需の低迷とは裏腹に、世界の粗鋼生産量は2000年以降に爆発的に増加しています。
2000年には8.5億トンだった世界の粗鋼生産量は、2021年には過去最高の19.6億トンに達しました。生産量のほとんどは、ここ20年の間に大きく経済成長を遂げた中国によるものです。現在、中国が世界の粗鋼生産量の半分以上を占めています。
その結果、鉄鋼が過剰に生産され、消費しきれず、いわゆる「鉄あまり」の状況が起こっています。これによって鉄鋼の需給バランスが崩れ、鉄鋼市場では鉄鋼価格が押し下げられています。日中貿易摩擦の影響もあり、日本は世界の鉄鋼市場で苦戦を強いられています。
中国は東南アジアに製鉄所を建設するなど、AEAN展開も図っています。ASEANは日本が事業展開を推し進めてきた重要拠点であり、中国の海外進出は日本にとって驚異の存在となっています。
日本を含む26か国・地域が参画するグローバル・フォーラム「GFSEC」では、鉄鋼過剰生産問題の解決に向けて協議が行われています。しかし、具体策の実行には至ってない状況です。今後の協議が注目されます。
③ 産業部門最多のCO2排出量問題
次のグラフは、産業部門別のCO2排出量(2022年度分)を示したグラフです。このグラフを見ると、鉄鋼部門は全産業部門の中でもっとも多くのCO2を排出している部門であることが分かります。
鉄鋼部門からのCO2排出量が多い理由は、高炉生産の比率が高いことにあります。
製鉄方式には、高炉方式と電炉方式の2式があります。日本は鉄鋼生産量の約75%を、高炉方式に頼っています。
高炉方式はCO2の排出量が圧倒的に多く、電炉方式の約5倍となっています。ただし、不純物が少ない高品位な鉄鋼を生産でき、また大量生産に向いていることから、高炉は欠かせない製鉄方式となっています。
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世界的な流れとして、深刻化している気候変動問題を解決するためにCO2排出量を削減することが急務となっています。日本では、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにすること(カーボンニュートラル)を目指しています。その実現のため、鉄鋼業界からのCO2排出量を削減することが大きな課題となっています。
現在、鉄鋼業界一丸となってCO2排出量を削減する取り組みが進められています。例えば高炉方式から電炉方式への製鉄方式の切り替えや、CO2が発生しない製鉄技術(高炉水素還元製鉄技術)の開発が進められています。
鉄鋼業界の展望
前述の通り、鉄鋼業界はいくつかの危機に直面しています。そんな中でも、鉄鋼業界には将来性ある展望が3つあります。
- 世界的に鉄鋼需要が増加する
- 高機能鋼材市場の成長が見込まれる
- グリーン鋼材市場の成長が見込まれる
これらのことについて、詳しく解説してきます。
① 世界的に鉄鋼需要が増加する
世界の鉄鋼需要は、将来的に見ると増加することが見込まれています。
その理由は、インドやASEANなどの新興国で人口増加や経済成長が起こり、インフラの整備が必要になるためです。2015年に約17億トンだった粗鋼生産量は、2050年には約27億トンにまで増加するという試算が出ています。
日本の鉄鋼業界は、このような世界的な鉄鋼需要増に乗じて、この先も一定量の鉄鋼生産量を確保できると推測されます。
日本国内の鉄鋼需要は低迷していますが、世界的には鉄鋼の需要が増加するため、鉄鋼業界にとって大きなチャンスと言えます。
② 高機能鋼材市場の成長が見込まれる
世界的に鉄鋼の競争が激化している中、日本の鉄鋼業界を下支えすると見られているのが「高機能鋼材市場」です。
日本は高機能鋼材の分野で、他国に負けない高度な技術力を持っています。その代表的な製品が、先ほど解説した「ハイテン」や「電磁鋼板」などの高級鋼材です。これらの製品は社会課題を解決できる可能性を秘めているため、いま需要が高まっています。
例えばハイテンは、自動車を軽くして燃費を向上させるため、CO2排出量の低減を実現しています。電磁鋼板は電気自動車の性能を高めるため、電気自動車の普及に貢献しています。このように高機能鋼材は、社会課題解決にポジティブなインパクトを与えます。
また、「高耐食性建材」や「高清浄度軸受鋼」などの特殊鋼も見逃すことができません。これらの特殊鋼を各種機器に適用すると、機器のメンテナンス頻度を抑えたり、寿命を高めたりできます。将来的に普及が見込まれる洋上風力発電機器などの材料に採用されることが期待されます。
いま世界的に「脱炭素化」や「SDGs」に対する関心が高まっているため、このような日本製の高機能鋼材は世界市場で十分に戦える武器になると言えます。
鉄鋼はポテンシャルが高く、さらに進化する可能性を秘めています。その可能性を引き出せる技術力がある日本は、高機能鋼材市場をリードしていくものと思われます。
③ グリーン鋼材市場の成長が見込まれる
グリーン鋼材とは、製造時のCO2排出量が少ない鋼材のことです。
世界的に気候変動問題への対応が急がれる中、グリーン鋼材が大きく注目されています。2050年には、グリーン鋼材が世界の鉄鋼市場の半分を占めることが予想されています。そのため、これからは高品位な鋼材であっても、グリーンでなければ市場に参入できない可能性があります。
すでに鉄鋼メーカー各社はグリーン鋼材の製造に着手しており、販売を開始しています。日本の鉄鋼業界はグリーン鋼材市場で主権を取ることが期待されます。
究極は、製造中のCO2排出量をゼロにすることです。ただし、今のところCO2排出量をゼロにできる製鉄技術は世の中に存在しません。
現在日本では、超革新的な製鉄技術を開発するプロジェクト「COURSE50」や「Super COURSE50」が進行しています。このプロジェクトは、官民一体となって進められている大型プロジェクトです。「高炉水素還元製鉄技術」などを2025年頃までに実用化し、2050年頃までに普及することを目指しています。
「高炉水素還元製鉄技術」が実現すると、高炉からのCO2排出量を大幅に削減することができます。試験段階では、日本製鉄がすでに43%という世界最高水準のCO2削減率を達成しています。今後の実用化、運用が期待されます。
おわりに
日本の鉄鋼業界の強み、直面している危機、展望等について解説してきました。
「鉄鋼業界は将来性がない」、「鉄鋼はオワコン」などと揶揄されることがありますが、決してそのようなことはありません。鉄鋼は社会、いや世界を支える重要な材料であり、今後もそれは変わらないからです。
ただし、中国による台頭、CO2排出量の問題など、日本の鉄鋼業界が逆風に立たされているのも事実です。しかし日本の鉄鋼業界は、世界に誇れる技術で成長を遂げてきた歴史があります。これからも社会課題を解決するような新しい鉄鋼を開発することが期待されます。
このように鉄鋼業界は魅力的であり、将来性があります。もっと鉄鋼業界のことを詳しく知りたい方は、ぜひ次の書籍を読んでみてください。