ビル、橋梁、発電プラントなどの社会インフラから自動車、家電、食器といった身近なものまで、あらゆる場所やものに鉄鋼が使用されています。
鉄鋼に対して硬い、重いなどのイメージをお持ちだと思いますが、鉄鋼とは一体どのような材料なのでしょうか。また、なぜ鉄鋼がよく使用されているのでしょうか。
本記事ではそんな疑問を解消するため、鉄鋼の特徴や種類を解説しています。
鉄鋼材料とは
鉄鋼材料がどのようなものであるかを解説しています。
機械や建造物などを作る「もと」となるもの
鉄鋼材料とは、鉄を主成分とし、機械や建造物などを作るための「もと」となる材料のことです。
図1をご覧ください。
図1 鉄鋼材料の外観(H形鋼)
これは「H型鋼」と呼ばれる鉄鋼材料です。ビルの建築現場などで使われているのを見たことがありませんか?
断面がHの形をしているからH形鋼と呼ばれますが、L字形をした「山形鋼」や、コの字形をした「溝形鋼」などもあります。これらが「鉄鋼材料」です。
鉄鋼材料は必要に応じて加工され、それらを組み合わせたりして「手を加えていく」ことで機械や構造物などが作られていきます。
工業材料の王者
鉄鋼材料は、工業材料の一種として知られています。
工業材料とは、工業で各種製品やものの製造に用いられる材料のことです。
工業材料は大きく分けると、「金属材料系」と「非金属材料系」があります。
ガラスやプラスチックは普段身の回りで見かけることが多いかと思いますが、鉄鋼を見かけることはありますか?おそらく、どこに鉄鋼が使われていのるかあまりピンと来ないのではないでしょうか。
実は鉄鋼は私たちの知らないところで大いに活躍しています。金属材料の中で最も使用されている材料が鉄鋼なんです。
のちほど解説するように、鉄鋼材料は多くの場所で使用されており、社会を支える重要な存在となっています。
このことから、鉄鋼材料は工業材料の王者として君臨しています。
鉄と鋼は別物
鉄鋼材料の「鉄鋼」について、さらにひも解いていきます。
鉄鋼とは、鉄を主成分とする金属材料の総称のことです。「鉄と鋼のこと」と理解してよいでしょう。
鉄と鋼は同じものと思われるかもしれないですが、材料学ではこれらは別物として定義されています。
鉄と鋼の違いは次の通りです。
詳しく見ていきましょう。
「鉄」は不純物をほとんど含まないもの、つまり「純鉄」のことを指します。
純鉄は、非常に軟らかい性質を持つ金属材料です。そのままでは強度が無くて材料として使えないため、炭素(C)などの合金元素を添加し、強度を高め、材料として使えるように調整してあります。
このように、鉄に炭素などの成分が混ざっているものが「鋼」です。
工業において純鉄が使用されることはほとんどなく、主に鋼が使用されるため、多くの鉄鋼材料は「鋼」で出来ています。
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普通鋼と特殊鋼に大別される
鉄鋼材料の種類のことを「鋼種」と言います。
鋼種は、大きく分けると「普通鋼」と「特殊鋼」があります。
鉄鋼材料を使用するときは、必ずこのどちらかの鋼種を用途や目的に応じて選択することになります。製作対象物の強度や耐久性に影響を与えるため、鋼種は設計において重要な検討項目の一つとなっています。
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市中では「鋼材」と呼ばれる
鉄鋼材料は、市中では「鋼材」と呼ばれ、販売されています。
日本工業規格(JIS)によると、鋼材は次のように定義されています。
鋼材:圧延、鍛造、引抜き、鋳造など各種の方法で所要の形状に加工された鋼の総称。
鉄鋼用語(製品および品質)|JIS G 0203
多くの鉄鋼材料は、製造過程で圧延や鍛造などの成形加工が施されています。
圧延と鍛造は、鉄を強靭なものにするためのプロセスです。
鉄鋼材料はただの金属材料と思われがちですが、強靭な材料にするためにさまざまなプロセスを経て作られています。そして「鋼材」として市中で販売されます。
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鉄鋼材料の特徴
鉄鋼材料が工業材料としてよく使われる理由は、他の材料にはない多くの優れた特徴を持っているからです。
鉄鋼材料の特徴を見ていきましょう。
強くて丈夫
鉄鋼材料がよく使われる理由は、何と言っても「強くて丈夫」なことです。
誰もが「鉄は強い」という印象をお持ちかと思いますが、実際にどれほど強いのか、具体的な数値を見ていきましょう。
図2は、各種工業材料の強度レベルを比較して示しています。
出展:Nippon Steel Monthly Vol.191|新日鐵住金
図2 各種工業材料の強度レベル
この図では、各種工業材料の強度を「引張強さ」で示しています。
引張強さとは、材料を引っ張って負荷を与えたときに、ちぎれるまでにどれだけの抵抗力を示したかというものです。単位はMPa(メガパスカル)で表され、値が大きいほど、大きな負荷に耐えられる力があることを示しています。
同じ金属材料であるアルミニウムの最大引張強さが900MPa程度であるのに対し、鉄鋼材料はその4倍以上の4,000MPaの引張強さがあります。
ほかの工業材料と比べてもその差は歴然で、鉄鋼材料がいかに強くて頑丈な材料であるかが分かるかと思います。
この図では、理想強度というものも示しています。
理想強度とは、その材料が秘めている理論値的な強度のことですが、鉄鋼材料の理想強度は10,400MPaとなっています。
鉄鋼材料は、まだまだ強いものを作れるポテンシャルを秘めているのです。
作り方で強さを調整できる
鉄鋼材料の強さは、成分や熱処理方法などの製造条件で決まります。
言い換えると、「鉄鋼材料は作り方で強さを調整できる材料」と言えます。
ここでもう一度先ほどの図を見てみると、鉄鋼材料の最大引張強さは4,000MPaですが、その下は200MPa程度までレンジ(範囲)があります。
つまり、使用するユーザーの目的や用途に応じて幅広いレンジ内で強さを調整することができるのです。
このことから、「鉄鋼材料はさまざまな強さを持たせることができるフレキシブルな材料」と言えます。
作り方で新しい性能を付与できる
作り方で特異な性能を持たせることができ、様々なニーズに対応できることも鉄鋼材料の特徴のひとつです。
その代表的な鉄鋼材料が、ステンレス鋼です。
単に「ステンレス」と呼ばれ、サビないでおなじみのステンレス鋼ですが、ステンレス鋼は鉄鋼材料の一種です。成分的には、クロム(Cr)を10.5%以上含んだ鉄鋼材料となります。
鉄は本来サビやすい性質を持っていますが、ステンレス鋼はクロムの働きによって鉄がサビないようにできています。材料が有するサビにくい性質のことを「耐食性」と言います。耐食性が優れていると、通常は使用が難しい海水環境でも鉄鋼材料を使用することが可能になります。
このように、鉄に一定量のクロムを添加すれば、鉄鋼材料に「耐食性」という付加価値の高い性能を付与できるわけです。
鉄鋼材料は他にも、張力に優れた「高張力鋼(ハイテン)」、熱に強い「耐熱鋼」、気候による劣化に強い「耐候性鋼」などがあります。また、耐震性能に優れた鉄鋼材料や、磁気特性に優れた鉄鋼材料などもあります。これらも、作り方によって優れた付加価値が与えられた鉄鋼材料の例です。
作り方で新しい性能を付与できる鉄鋼材料は、これ以上にない魅力的な材料と言えます。
加工しやすい
鉄鋼材料は、加工によってさまざまな形状に成形しやすいことも特徴の一つです。
例として、自動車のボディを挙げてみます。
自動車のボディは、「圧延鋼板(あつえんこうはん)」と呼ばれる板状の鉄鋼材料から作られています。
自動車のボディはなめらかな美しいカーブを描いていますが、プレス成形と呼ばれる加工方法によって圧延鋼板が曲げられたり、延ばされたりしてあの形が作られています。最初はただの板だった鉄鋼材料も、加工が施されることによってあのような美しい形状になるわけです。
鉄鋼材料はプレス成形だけでなく、切削加工、鍛造、溶接などの加工も可能です。
鉄鋼材料はこれらの加工が容易という利点があるため、これまで多くの鉄鋼材料が加工され、魅力的な「鉄鋼製品」が作られてきました。
豊富に鉄資源がある
地球上には豊富な鉄資源が眠っています。
そのため、人類は鉄資源を容易に入手し、世の中に必要な鉄鋼製品を低コストでたくさん作ることができます。
鉄鋼材料のもととなっているものは、「鉄鉱石」です。
鉄鉱石は地球上に約30%の重量比で存在しています。地表から容易に掘り出せる埋蔵量だけでも、約2,320億トンあります。これは非常に膨大な量です。
次に資源が多い金属材料のアルミニウムでも約280億トンしかないため、鉄の資源量は圧倒的です。この点が金属材料としての鉄の利用を優位にしています。資源が容易に手に入れば、低コストで製品を製造できるからです。
循環型社会に貢献している
鉄鋼材料はリサイクル性に優れ、循環型社会の形成に貢献している金属材料です。
何度でも溶かし直し、別の新たな鉄鋼材料を作ることができるからです。
毎年、不要になった自動車やビルなどの解体によって世界中から多くの鉄屑が廃棄されています。
この鉄屑は「鉄スクラップ」と呼ばれますが、鉄鋼メーカーによって再利用され、新しい鉄鋼材料に生まれ変わっています。
また、鉄鋼業は多くの二酸化炭素(CO2)を排出していると思われがちですが、鉄鋼は他の金属と比べて製造時のCO2排出量が少なく、環境負荷が低い資源でもあります。
鉄鋼材料が使われている場所
鉄鋼材料が、どのような場所で使用されているかを解説していきます。
鉄鋼材料が使用される分野は、次の通り非常に多岐にわたっています。
このように、鉄鋼材料は私たちが知らないような場所でたくさん使用されていますが、包丁やスプーンなど、意外にも普段使用しているものが鉄鋼材料で出来ていたりします。缶コーヒーや缶詰めの缶だってそうです。
鉄鋼材料の使用先について、少しだけひも解いてみます。
一番の使用先は「建築・土木」
建築・土木は、最も鉄鋼材料が使用されている分野です。
鉄鋼材料は重いものを支える強度があるため、頑丈な構造物を作るのに適しています。そのため、高層ビルや橋梁などを作るさいに鉄鋼材料の使用が欠かせません。
近年は大地震の発生に備え、大きな揺れにも耐えられるような耐震性能の高い鉄鋼材料が開発され、建築構造物に採用されています。
土木では、基礎工事用の鉄板や杭などに鉄鋼材料が頻繁に使用されています。
「自動車の成長」は「鉄鋼材料の成長」とともにあり
自動車は、建築・土木に次いで鉄鋼材料がよく使用される分野です。
自動車のボディやシャーシは自動車の骨格を成していますが、高い対衝突安全性(強度)が求められるため、それに適した材料である鉄鋼材料が使用されています。
また、エンジンや変速機は耐熱性、耐久性、耐摩耗性などの性能が求められる部位であり、その特性を有した鉄鋼材料が使用されています。
鉄鋼材料は、自動車の成長とともに歩んできた歴史があります。
自動車は、CO2排出量を削減するために燃費の向上を目指してきました。
燃費は、車体の重量と深く関わっています。使用する材料の量を減らして車体を軽くすれば燃費は向上しますが、強度が低下して対衝突安全性が低下してしまいます。そのため、重量と強度のバランスが重要になってきます。
そこで鉄鋼メーカーは、軽くても強度が高い鉄鋼材料を開発してきました。それが「高張力鋼(ハイテン)」と呼ばれる鉄鋼材料です。高張力鋼は、今日の自動車に欠かせない存在となっています。
まとめ
鉄鋼材料が「一体どのようなものであるか」を解説してきました。要点を整理すると、
このように、鉄鋼材料は影が薄いですが、世の中において人類発展の鍵を握る重要な存在となっています。
おわりに
鉄鋼材料について解説してきましたが、お分かりいただけましたか?
世の中にある多くのものが鉄鋼材料で作られているため、鉄鋼材料は「超重要」な材料です。そのため、機械や構造物などの設計や製作に携わる技術者は鉄鋼材料の知識が必須と言えます。
筆者も鉄鋼メーカーに入り、鉄鋼材料について猛勉強しました。鉄鋼材料の知識を習得するには、本を読んで基礎的なことから理解することが大切です。筆者のおススメの本を2つ紹介しますので、ぜひ手にとってみてください。
なお、鉄鋼ネットでは、ものづくり従事者が身に付けるべき「鉄鋼材料の知識」を多数情報発信しています。以下に記事の一覧を確認できるリンクを貼っておきますので、ぜひご覧ください。