鉄と炭素がある組成で混ざり合ったとき、どのような合金状態を作るか。それを教えてくれるのが「Fe-C系平衡状態図」です。
「これが何に役立つの?」と思うかもしれませんが、鉄鋼材料のものづくりで欠かせないアイテムとなっています。
また鉄鋼材料の特性を理解したいなら、Fe-C系平衡状態図を読めるようになることが不可欠です。
本記事では、Fe-C系平衡状態図の基礎知識や読み方について分かりやすく解説しています。鉄鋼材料の知識を深めることができますので、ぜひ最後までご覧ください!
- Fe-C系平衡状態図ってどんなもの?
- Fe-C系平衡状態図が使われる場面
- Fe-C系平衡状態図の読み方
この記事は、現役の材料エンジニアが書いています!
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Fe-C系平衡状態図とは?

これが「Fe-C系平衡状態図」です。「えふいー・しーけい・へいこう・じょうたいず」と読みます。
見るからにグラフの形をしており、縦軸には温度が書かれているのが分かります。
横軸には炭素のパーセンテージが書かれており、グラフの中には直線やカーブなどが描かれています。
この図は一体、何を示している図なのでしょうか?
合金の状態を示している
まず、FeーC系平衡状態図の「Fe」と「C」はそれぞれ成分を示しており、「鉄」と「炭素」のことを意味します。
- Fe・・・鉄のこと
- C・・・炭素のこと
「系」は、外界(がいかい)から独立して1つの状態をとりえる物質の集合のことです。つまり、何らかの合金や化合物のことです。
そして「平衡状態」とは、物質の反応においてつり合いがとれ、それ以上変化しない状態のことを意味します。異なる物質どうしを混ぜて反応させたとき、どのようなものが安定して生成されるかというお話です。
つまりFeーC系平衡状態図は、次のことを示した図です。
鉄と炭素を混ぜ合わせると、鉄と炭素の合金となります。
このとき、合金がとろうとする物質的な状態は、合金の組成(炭素の濃度)や温度によって変わります。
合金がある組成や温度でどのような状態をとるか、これを教えてくれるものが「FeーC系平衡状態図」となります。
なお、FeーC系平衡状態図では合金の状態を「相(そう)」という概念で見ます。
相(そう)とは?
相とは、化学的組成と物理的状態が均一な物質系の実体のことです。英語では「フェーズ(Phase)」と呼ばれます。
相は基本的に「気相」、「液相」、「固相」の3つの形態に分類されます。
- 気相・・・気体の形をとる相
- 液相・・・液体の形をとる相
- 固相・・・固体の形をとる相
私たちが普段「液体」や「固体」と言っているものは、「物質の状態」を指します。
一方の相は「境界によってはっきりと区切られている物質そのもの」を指します。
例えば水と油を混ぜたものは、見た目の状態としては液体ですが、それぞれ分離しています。この液体中では「水の相」と「油の相」が存在することとなります。
また氷水の場合、氷の部分は「固相」で、水の部分は「液相」となります。氷水には組成が同じ2つの相が混在することとなります。
このように、相とは状態が物質的に均一な実体のことであり、合金の状態を知るときのカギとなっています。
鉄で起こる相転移
ある相が別の相に変わることを「相転移(そうてんい)」と言います。別名、「相変態(そうへんたい)」とも呼ばれます。
温度を変化させたときに鉄で起こる相転移について見ていきましょう。
鉄の融点は1536℃であるため、鉄を1536℃以上に加熱すると溶融し、液体となります。
液体となった鉄の温度を下げていくと鉄は固まっていき、鉄の相は液相から固相へと転移していきます。
固相に転移するとき、鉄の内部では自由に動き回っていた原子が規則的に配列し始め、いわゆる「結晶」を作ります。結晶の粒(結晶粒)が一つ一つ作られて固体の鉄となるため、鉄は結晶の集合体であると言えます。
さらに温度を下げていくと、1392℃と912℃でそれぞれ結晶構造の変化が起こります。このプロセスは、固相が別の固相に転移するプロセスとなります。
このように、溶融した鉄を冷やしていくと単に冷え固まるのではなく、相転移(結晶構造の変化)を繰り返しながら固まっていきます。
鉄に炭素が混ぜられている場合、相転移のプロセスがちょっと複雑になります。
鉄の結晶構造内に炭素の原子が取り込まれることで、固相から別の固相が生じる反応(析出)が起こります。また、1つの固相から2つの固相が同時に生じる反応(共析)なども起こります。
その結果、特異な結晶構造をもった鉄と炭素の合金が誕生します。
鉄と炭素がある組成で合金化しているとき、どのような相や結晶を生成するかを教えてくれるマップこそが「FeーC系平衡状態図」となります。
なお、FeーC系平衡状態図は、反応があくまでも平衡状態であるときの合金の状態を示しています。
焼き入れのように、反応が急速に行われた場合の状態は示していません。
Fe-C系平衡状態図が重要な理由
ここまで、「FeーC系平衡状態図とは “鉄と炭素の合金の状態” を示したもの」と解説してきました。
鉄と炭素の合金とは、まさしく「鉄鋼材料」のことを指します。
FeーC系平衡状態図は、目的の材質をもつ鉄鋼材料を得たいときの道しるべとなるため、重要なアイテムとなっています。
鉄鋼材料とは?
鉄鋼材料と言えば、現代のものづくりにおいて欠かせない重要な材料です。
硬さがあることから工具の材料として、また強靭性があることから自動車、機械、構造物などの部材として、その他幅広い用途に使用されています。
金属製品の約90%は鉄鋼材料から作られているとも言われています。
ここで驚くべきことを言うと、鉄そのものはまったく強度がありません。荷重が加わる場所に使おうものなら、すぐに折れ曲がってしまいます。
しかし、鉄に少量の炭素を加えることで鉄が硬くなり、強度が出ます。
炭素を加えすぎると逆に材料がもろくなりますが、適量の炭素を加えることで硬さや強度を調整したものが鉄鋼材料です。
鉄鋼材料の硬さや強度には、「相」や「結晶構造」が深く関係しています。
つまり、鉄鋼材料の材質を理解するには、どのような相や結晶構造が生じているかを見る必要があります。そのため、鉄鋼材料を扱う場面ではFeーC系平衡状態図を理解することが大切となっています。
Fe-C系平衡状態図が使われる場面
では、具体的にどのような場面でFe-C系平衡状態図が使われているのでしょうか?
例えば、次のような工程においてFeーC系平衡状態図が活用されています。
- 鉄鋼材料の成分設計
- 鉄鋼材料の熱処理
- 鉄鋼材料の溶接
鉄鋼材料の成分設計では、材料エンジニアが目的とする材質に応じた成分設計を行います。
例えば、成形性(曲げやすさ)を重視したやわらかい相をもつ材料を作りたいとき、Fe-C系平衡状態図からその相をもつ組成を導くことができます。
鉄鋼材料の熱処理を行うときも、FeーC系平衡状態図がよく活用されています。
熱処理は「熱サイクルを与えることによって材質を変化させる処理」ですが、熱サイクルによって生じる相転移を利用して材質を変化させています。
鉄鋼材料の溶接も材料に熱が加わる処理となるため、溶接後に生じる相を検討するためにFeーC系平衡状態図が活用されています。
Fe-C系平衡状態図の読み方
FeーC系平衡状態図の読み方について見ていきましょう!

縦軸は「温度」、横軸は「炭素濃度(%)」を示しています。
そして線で囲まれた領域は「その合金が平衡状態でとりえる相の範囲」を示しています。
高温域側には液相の領域が存在し、低温域側には固相の領域がいくつか存在します。それらの中間部には、液相と固相が混在する領域も存在します。
- 液相の領域・・・融液(L)
- 固相の領域・・・フェライト(α)、デルタフェライト(δ)、オーステナイト(γ)、α+γ、δ+γ、α+セメンタイト(Fe3C)、γ+Fe3C
- 液相と固相が混在する領域・・・L+δ、L+γ
実際にこれを活用するときは、検討したい炭素濃度のところで縦線を引きます。そして縦線をたどり、温度ごとにどのような相が存在するかを見ます。
例えば炭素濃度が1%の融液を冷却させたとき、どのような相が現れるかを見てみましょう。

融液の温度が下がると「液相線」と呼ばれる線に到達し、液相の中から「オーステナイト」と呼ばれる固相が晶出(しょうしゅつ)し始めます。
そこから温度が下がるにつれて固相の量は増えていき、「固相線」と呼ばれる線に到達すると、相は完全な固相(オーステナイト一相)となります。
さらに温度が下がると「Acm線」と呼ばれる線に到達し、オーステナイトの固相の中に「セメンタイト」と呼ばれる固相が析出(せきしゅつ)します。そこから温度が下がるにつれ、セメンタイトの量は増えていきます。
炭素濃度が0.77%以下の場合は、同じ温度域に「A3線」と呼ばれる線が存在します。A3線を通過した場合は、オーステナイトの固相から「フェライト」と呼ばれる固相が析出することとなります。
さらに727℃まで温度が下がると、「A1線」と呼ばれる線に到達します。A1線は共析(きょうせき)が生じる線であり、残っていたオーステナイトがフェライトとセメンタイトに変態します。
A1線を通過したときに生じた相が、最終的に室温で現れる相となります。このとき炭素濃度が増えるにつれ、相の中に現れるフェライトの量は少なくなります。
なお、A3線とAcm線が交わる点のことを「共析点」と言います。
共析点は炭素濃度が0.77%の地点であるため、炭素濃度が0.77%の鋼は「共析鋼」と呼ばれます。炭素濃度が0.77%より低い鋼は「亜共析鋼」、0.77%より高い鋼は「過共析鋼」と呼ばれます。
FeーC系で見られる相の性質
先ほどの図の中で解説したように、FeーC系平衡状態図には多くの相が存在します。
それぞれ構造や性質が異なり、これが材料の機械的性質に影響を与えます。
それぞれの構造や性質を以下に解説します。
フェライト(α)
フェライトは、910℃以下の範囲に現れる鉄の固相です。記号では、α(アルファ)と書かれます。
結晶構造は体心立方構造(bcc)を取り、炭素をごく微量固溶できます。固溶できる最大炭素量は、727℃で0.02%となります。
フェライトは純鉄が室温で示す相でもあり、軟らかくて展延性があるのが特徴です。鋼の加工性を生むカギとなっています。
デルタフェライト(δ)
デルタフェライトは、1392~1536℃の範囲に現れる鉄の固相です。記号では、δ(デルタ)と書かれます。
結晶構造は、体心立方構造(bcc)を取ります。1494℃で最大0.1%の炭素を固溶できます。
デルタフェライトは高温域でのみ現れる相であり、室温では他の相に変態するため、鋼の材質に影響しません。
オーステナイト(γ)
オーステナイトは、710~1494℃の範囲に現れる鉄の固相です。記号では、γ(ガンマ)と書かれます。
結晶構造は面心立方構造(fcc)を取り、多くの炭素を固溶できます。固溶できる最大炭素量は、1147℃で2.14%となります。
オーステナイトは710℃以上で現れる相であり、室温では他の相に変態します。しかし、オーステナイト状態のときに固溶した炭素量が室温で現れる固相の性質に影響するため、オーステナイトは特に重要な固相となっています。
セメンタイト(Fe3C)
セメンタイトは、1147℃以下(炭素濃度が2.14%以下の鋼では727℃以下)で現れる金属化合物です。
セメンタイトは板状の結晶で、展延性がありません。硬く、もろい性質をしています。室温では、フェライトと共存してパーライト組織を形成します。
パーライト
パーライトは、727℃以下で現れる組織です。
非常に薄い板状のフェライトとセメンタイトが、交互に並んだ形態をとっています。
炭素濃度0.77%では、金属組織が全てパーライトとなります。
おわりに
本記事では、FeーC系平衡状態図の読み方について解説してきました。お分かりいただけましたか?
筆者は学生時代に受けた材料講座の中で、FeーC系平衡状態図の構成を細かく覚えさせられた記憶があります。
しかしこれがきっかけで金属材料を面白いと感じるようになり、金属材料の道を志すようになりました。
この記事を読んだ方の中にも、そのように感じてくれた方がいましたら嬉しい限りです。
なお、本記事だけではよく理解できなかったという方は、ぜひ専門書を読んで勉強されることをおすすめします。
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